ニューイングランド花鳥風月
ニューイングランドは、メイン州、バーモント州、ニューハンプシャー州、マサチューセッツ州、コネチカット州、ロードアイランド州からなるアメリカ合衆国の北東部の地域です。
植民地時代の歴史、大西洋沿岸、秋の紅葉、森林に覆われた山々などが有名です。作者自身の生まれ故郷であり、幼少期から季節によって移り変わる自然の風景を愛しみながら育っていきました。来日し、日本の芸術を学んでいく中で、日本の美意識は自然に対する畏敬と謝意が根底にあることを学びました。そしてその同様な思いが、アメリカ人である私の中にも存在することに気づいたのです。この作品は自分の故郷であるニューイングランドの自然を、日本の美意識を通して再認識しようと試みた作品です。素材に用いた貝殻の半分は金沢で、もう半分は私の故郷で見つけたものです。この作品を御覧になった方が、ニューイングランドに興味をもち、実際に訪れてこの素晴らしい自然や人々に出会う、そのようなきっかけになればと願っています。
ショウジョウコウカンチョウ
(猩々紅冠鳥)
オスは鮮やかな赤色の羽根をもち、ニューイングランドでは年間を通して見られる。この鳥の名前はカトリック教の最高教皇である枢機卿(すうききょう:Cardinalis)がまとう真紅の衣装に由来している。米国ではポピュラーな野鳥の一種で、人気ゲーム、アングリーバードのモデルにもなった。冬になると、この赤い羽根と白い雪とのコントラストが美しく、この地域ではクリスマスシンボルの一つとして親しまれている。
豆知識:理想の彼氏
オスはメスにとにかく献身的であることが知られている。巣作りの時期には、メスのためにせっせと材料を運び、メスが「お腹すいた」と鳴けばすぐさま食事を運んでくれる。そんなオスが3次元に存在したとは驚きである。
マルハナバチ
(ボンバスインパチェンス)
この可愛らしい蜂はニューイングランドのいたるところで見かける働き者である。非常に温厚で、めったに人間を刺すことはない。
豆知識:自然界のブラック企業労働者
マルハナバチは大変な働き者で、一日のほとんどの時間を蜜の採集に費やす。花の蜜を集める途中でなんと花の上で寝落ちしてしまうことすらもあるという。朝になり暖かくなるとすぐに仕事を再開する生活。労基も真っ青である。
シマリス
この愛らしい動物は、ハイイロリスとともに一年を通してせっせと拾い食いをしている。長い冬に備えてドングリなどの木の実を頬にいっぱい詰める姿は滑稽ですらある。
豆知識:2つの「リス」
日本語の「リス」に対応する英語はchipmunkとsquirrelの2つがある。このうち、
chipmunkは、ネイティブアメリカンのオジブウェ族の言葉「ajidamoo」に由来し、直訳すると「真っ逆さまに木を降りる者」という意味である。
ニューイングランドの秋の紅葉
作者の大好きなサトウカエデの秋の姿。サトウカエデは日本のモミジよりもより鮮やかな赤色に染まる。ニューイングランドは、秋の紅葉の美しさで世界的に有名。オレンジ、赤、黄、緑など、さまざまな落葉樹が丘を埋め尽くし、まるで燃え盛るような景色が広がる。秋のお祭りには、リンゴ狩り、感謝祭、そしてアメリカ最大のハロウィンもある。
豆知識:紅葉狩りは日米共通のお祭り
日本でお馴染みのモミジ、英語名はJapanese Maple,つまりカエデの仲間である。
ホワイト・チャペル
ニューイングランドのほとんどの町の中心には、白い小さな教会がある。
ニューイングランドはイギリスからピューリタン(清教徒)が最初に入植した地であり、初期の入植者にとって教会は重要なランドマークであった。宗教的・政治的な行事のために、地域の人々が集う場所として長らく利用されていた。
アラゲハンゴンソウ
(ルドベキア・ヒルタ)
北米原産のキク科植物。7月下旬に開花してから初霜が降りるまで咲き続ける強靭な花である。北米では夏の終わりを暗示する華やかなシンボル。花言葉は「あなたを見つめる」。このやや粘着気味な花言葉は黒い円錐形の頭部が鋭い眼光にみえることから付けられた。
豆知識:強く美しきストーカー
アラゲハンゴンソウは開拓植物と呼ばれる非常に逞しい植物である。仮に山火事・噴火などの自然災害で、もとあった生態系が根絶やしにされようとも、真っ先に復活する。誰よりも最初に根付き、美しい花を咲かせ、そして貴方をじっと見つめるのだ。
ターキー
(七面鳥)
和名の七面鳥の由来は頭部の首のところに裸出した皮膚が、興奮すると赤、青、紫などに変化するため、七つの顔(面)を持つ様に見えることに由来する。七面鳥はこの図体から「のろまな鳥」と思われがちだが、実際は賢く用心深い生き物である。彼らは集団で餌を探すが、この際一羽を監視役に据え、常に捕食者を警戒している。
豆知識:アメリカ国鳥になり損ねた鳥
この巨大な鳥は飛べないと今でも誤解されているが、脅威が迫ったときには飛び立つ。
アメリカの国鳥として名前が挙がったこともある。かのベンジャミン・フランクリンは、有力候補だった白頭鷲を「屍を漁り、獲物を横取りする不品行で横着な鳥」と毛嫌いして、七面鳥を推していた。
イースタンムース
(ヘラジカ)
この巨大で威厳のある生き物は、運が良ければ北部ニューイングランドで見ることができる。オスの体重は最大400kg、体高は2.4~3.2mほどにもなる。暑さは苦手で冬の積雪地帯にのみ生息する。
豆知識:自動車扱い
巨体にも関わらず、彼らは非常に運動能力が高く、泳ぎも上手。最高時速は56kmにも達する。これは乗用車が突っ込んでくるようなものである。実際に、この地域の運転教習所では「道端でヘラジカに遭遇した際の対処法」を教えている。そしてこの乗用車サイズのイースタンムースでさえ、ヘラジカ界では”小柄”な分類なのである。
ニューイングランドのビーチ
絵のように美しい灯台が見える、柔らかい砂浜はニューイングランドに住む人にとって夏の風物詩。このエリアには複数の島を含む素晴らしい避暑地があるため、ビーチシーズンを楽しもうと、ニューヨークやその他の地域から多くの人が訪れる。
豆知識:写真は作者です
ピンク・レディー・スリッパ
(キプリペディウム・アカウレ)
ニューイングランド原産の野生の蘭。6-7月にかけて開花する。
この独特な花弁の形がネイティブアメリカンが履く靴「モカシン」に似ていることからこの名前が与えられた。その後英訳され、今では「女性用スリッパ」と呼ばれるようになった。
豆知識:大器晩成スリッパ
このはなんと50年も生きる。そして最初の花を咲かせるのに16年もかけるのだ。ウィスキーもびっくりの16年物のスリッパである。
オオアオサギ
この巨大な鳥は北米最大のサギで、3月から9月にかけてニューイングランドで狩りをする姿を見ることができる。日本でもよく見られるアオサギよりもさらに一回り大きい。作者の出身地は大きな川と池の間にあり、春先になるとこの美しいハンターが飛来して狩りを始める。水の中を辛抱強く泳いで獲物を探す姿がお気に入りである。
豆知識:美しき高身長ハンター
オオアオサギは翼を広げると183cmにもなる。これは翻訳者贔屓の俳優、坂口健太郎と同じ大きさになる。
キボシサンショウウオ
(スポットサラマンダー)
湿った葉や丸太の下にいることが多いサンショウウオ。鮮やかな黄色の斑点が特徴。幼い頃この黄色い斑点を見つけるために森を探し回ったのは良い思い出。
豆知識:短いモラトリアム
水中で孵化した幼体は3-4ヶ月で成体になり、陸上に移動。その後20年以上も生きることができる長寿な生き物。
トリゴエアマガエル
(スプリングピーパー)
コーラスカエルと呼ばれる美しい合唱をするカエル。暖かくなると唄い始め、春の到来を知らせてくれることからスプリングピーパー(春にぴーぴー鳴くもの)とも呼ばれる。このカエルの鳴き声を聞きながら眠りにつくのは至福の時。
豆知識:小さな歌姫
美しい美声とは裏腹に、体長は僅か2.5cmほど。
黄水仙
(おうすいせん)
北米原産ではないが、ヨーロッパから渡来して以来、春の代表的な花として愛されてきた可憐な花である。町や地域の庭に植えられ、春一番に開花を楽しめる花のひとつ。
豆知識:水仙の学名は「ナルキッソス」で、これはギリシャ神話に登場する美少年ナルキッソスに由来する。美少年だったナルキッソスは、池の水面に映る自分の姿に見とれ、しまいには池に転落して溺死してしまったという。この話はナルシスト(ナルシシスト)の語源にもなっている。水仙の花言葉は「うぬぼれ」や「自己愛」。
アメリカンブラックベア
(アメリカグマ)
クマと聞くと、獰猛な肉食獣を想起させるが、このブラックベアは非常に臆病で人間を避ける。雑食性だが肉は滅多に口にせず、主に植物や木の実を主食とする。警戒心が強いため近づくことはできず、遠くからその姿をそっと見ることしかできない。
豆知識:実在した”クマのプーさん”
我々に馴染み深いクマのプーさん(Winnie-the-Pooh)は、実際に人間に飼われていたブラックベアがモデルになった。実物のブラックベアはプーさんより俊敏で木登りが得意である。
ルナガ
(アメリカオオミズアガ)
夏の短い期間、華やかな姿を見せてくれる蛾。日本画の六文銭を思わせるような透明感と輝きが大変美しいのですが、夜行性のため滅多にお目にかかれない。尾をひいたようなこの特徴的な羽根は、捕食者であるコウモリを攪乱するステルス機能を持つ。コウモリが発したエコーを、本体ではなくこの尾が反射するので、コウモリは正確な位置が探知できなくなる。
豆知識:大人なのでお腹は空きません
成体のルナガには消化管がなく、全く食事ができない。孵化してから1週間ほどしか生きられない。佳人薄命ならぬ佳蛾薄命。
ダッチマンズ・ブリーチズ
(ディクセント・クララリア)
4-5月に白い可愛らしい花を付ける花。直訳すると”オランダ人の半ズボン”という奇妙な名前は、このユニークな花びらの形が半ズボンに見えることから名付けられた。個人的には歯にも似ているような気がするが。作者の大好きな花のひとつ。
豆知識:牛用ドラッグ
麻薬の一種であるアルカロイドが含まれており、古来から医薬品としてネイティブアメリカンや入植者が利用してきた。現代でも自然に生えたものを牛が食べ、しばし酩酊状態になることがみられるとか。
赤い納屋
赤い納屋は、ニューイングランドの風景を代表するものである。冬の雪景色にも、秋の鮮やかな紅葉にもよく似合う色である。この地方に入植してきたヨーロッパ人たちは、家屋を保護する塗料を買う資金がなかった。このため、脱脂乳、石灰、赤色酸化鉄を混ぜたものを塗料として塗っていた。この赤いオリジナル塗料は、プラスチックのように皮膜を表面にはる性質があり、風雨から建物を守ってくれる。